
AI推進の進め方|個人のAI活用を、組織の成果に変える5ステップ
AI推進は、業務の棚卸しから対象業務を1つに決め、利用ルールを整え、小さく実装し、運用に組み込み、効果を測って広げる5ステップで進めます。止まりやすい場所、推進体制の型と国内企業のAI推進室の例、推進を担う人材の確保、ノウハウを社内に残す条件まで解説します。
「AIで何とかしてほしい」と経営から降りてきたものの、何をどこまでやるのかが決まらない。ツールは契約したが、使っているのは一部の社員だけ。推進担当に任命されたが、社内に相談できる相手がいない。AI推進が止まる場面は、会社が違ってもよく似ています。
使い始めるところまでは、多くの企業がすでに来ています。総務省の「令和8年版 情報通信白書」によると、生成AIを何らかの業務で使っている企業は86.4%に達しました(従業員10名以上で、デジタル化に取り組み始めた企業が対象)。ところが、全社横断で事業の変革に取り組んでいる企業は21.5%にとどまります*1。使う企業は増えても、組織の成果にはまだつながっていない。この差を埋めるのがAI推進です。
進め方は5つのステップに分けられます。業務の棚卸しから対象業務を1つに決め、利用ルールと推奨ツールを決め、小さく実装して試し、運用に組み込み、効果を測って広げる。ただし、手順だけでは回りません。どの業務に取り組むかを決める人と、業務を組み替えて実装まで手を動かす人がいなければ、どのステップでも手が止まります。
本記事では、AI推進とは何かを整理したうえで、止まりやすい場所、5つのステップ、推進の体制と国内企業の例、手を動かす人の確保、外部の力を借りてもノウハウを社内に残す条件までを解説します。想定しているのは、社内にAIに明るい人がおらず、採用も思うように進まない企業です。
AI推進とは?
AI推進とは、AIを業務に組み込み、個人や一部の部署の利用にとどまっていたAI活用を、組織として成果が出る状態に変える取り組みです。ツールを入れることではありません。入れたAIが日々の業務で使われ続け、業務のやり方と成果が変わるところまでを含みます。
「AI活用」「AI導入」と近い意味で使われますが、AI推進は主語が組織である点が違います。個人がChatGPTを使いこなしていても、それだけでは推進とは言えません。どの業務にAIを入れ、誰がルールを決め、誰が運用し、成果をどう測るのか。この設計と実行の全体がAI推進です。
日本企業の現在地は、まだ個人の利用が中心です。IPA(情報処理推進機構)の「DX動向2026」で、生成AIを導入・試験利用・検討している企業に組織での使い方を尋ねると、「個人で業務利用している」が63.3%だったのに対し、「部署の業務プロセスに組み込まれている」は11.9%、「全社的なサービスに組み込まれている」は18.6%でした*2。
先ほどの総務省の調査でも、生成AIによる業務変革に「組織的な取り組みはない」と答えた日本企業は27.0%で、米国の1.4%を大きく上回りました*1。
AI推進法は、国の枠組みを定めた法律
「AI推進」で検索すると、企業の実務の話と、法律の話が混ざって出てきます。AI推進法と呼ばれているのは、2025年5月28日に成立した「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律」(令和7年法律第53号)です。政府は「AI法」と略しています。6月4日に公布・一部施行され、9月1日に全面施行されました*3。国がAIの研究開発と活用を進めるための基本的な枠組みを定めた法律で、罰則の規定はありません。
企業の責務を定めているのは第7条です。AIを事業に使う企業(法律上の「活用事業者」)に、積極的な活用によって事業活動の効率化と高度化、新産業の創出に「努める」ことと、国や自治体が進める施策に「協力しなければならない」ことを定めています*4。AIの導入を義務づける規定ではありません。
この法律にもとづいて2026年7月14日に閣議決定された人工知能基本計画(第Ⅱ期)は、「あらゆる組織で、AIを前提として意思決定や業務の進め方を根底から見直す『AIトランスフォーメーション(AX)』を進めていく」と掲げています*5。国が向かう先は示されました。自社のどの業務をどう変えるかを決めるのは、各社です。本記事が扱うのは、この実務のほうです。
AI導入・DX推進とは、重心が違う
AI導入は、使える状態にしたところで終わります。AI推進は、業務のやり方と成果が変わるところまでを指します。
| 用語 | 重心 | ゴール |
|---|---|---|
| AI導入 | ツールやモデルを選び、使える状態にする | 使える状態になる |
| AI推進 | AIができることを起点に業務の手順を組み替え、組織で使い続ける | 業務のやり方と成果が変わる |
| DX推進 | デジタル技術で業務やビジネスモデルを変革する | 事業の競争力を高める |
ツールを配ったのに使われていない状態は、導入は済んでいても、推進はまだ始まっていない状態です。そう切り分けると、自社の現在地が見えてきます。
AI推進をDX推進の延長として捉えると、いまある業務にツールを足す発想に寄りがちです。AI推進で問われるのは、AIができることを起点に、業務の手順そのものを引き直せるかどうかです。
AI推進が止まる理由
冒頭の場面は、どれも技術の問題で止まっているわけではありません。決める人がいないまま要件を待っている。手を動かせる人がいない。業務を見る前にツールを選んでしまった。企業自身が挙げる課題も、技術そのものより、人材、理解、ルールに集まっています。IPAの調査で、AIの導入・運用上の課題として多かったのは、「専門人材が不足している」(50.1%)、「生成AIの効果やリスクに関する理解が不足している」(45.8%)、「適切な利用を管理するためのルールや基準の作成が難しい」(39.7%)でした*6。
止まり方を、企画・実装・定着の段階ごとに整理すると次のようになります。
| 止まる段階と症状 | 起きていること | 対応するステップ・章 |
|---|---|---|
| 企画:要件が決まらず、社内の優先順位が上がらない | 課題の整理から始める必要があるのに、決める人がおらず、決め方もない | ステップ1、体制 |
| 実装:試しただけで、本番の業務に入らない | 業務の流れに組み込む設計がなく、手を動かす人もいない | ステップ3、推進役の確保 |
| 定着:一部の社員しか使わない | 業務を見ずにツールを選んだ。使い続けるルールと、使い方を共有する仕組みがない | ステップ1・2・4・5 |
企画:要件が固まらない
経営がAIの重要性を認識し、全社にメッセージを出すところまでは進みます。ところが現場に降りてきた時点では「AIで何とかしてほしい」という粒度のままで、何をどこまでやるのかが決まっていません。
厄介なのは、要件が整理されている案件だけは着手できてしまうことです。請求書処理の自動化のように対象がはっきりしたテーマは進みます。一方で、課題の整理から始める必要があるテーマは、担当者が要件を定められないまま優先順位が下がり、静かに止まります。業務のやり方そのものに手を入れるのは、たいてい後者です。変わる範囲が大きいテーマほど手つかずで残る、という逆転が起きます。
「まず目的を明確にしましょう」という助言は正しいのですが、目的を決められないこと自体が課題になっている会社には効きません。では、目的が決まらない会社は何から手をつければよいのでしょうか。
実装:試しただけで本番に入らない
任命された推進担当と、業務を組み替えて実装と定着まで手を動かす人は、同じ人とは限りません。本記事では後者を「推進役」と呼びます。推進担当が推進役を兼ねられる会社もあれば、別に置く必要がある会社もあります。
足りないのは、モデルをつくる技術者だけではありません。IPAの「DX動向2026」では、「現場の知見と基礎的AI知識を持ち、自社へのAI導入を推進できる従業員」が不足していると答えた企業が69.6%にのぼりました*7。業務の課題をAIで解ける形に置き換え、実装まで運べる人が足りていないのです。
兼務で任命されること自体が悪いわけではありません。問題は、推進担当が一人で抱え込む形です。相談相手がおらず、判断の基準もないまま企画から実装まで背負えば、試しに動かしたところで手が止まります。
定着:一部の社員しか使わない
定着の段階で表に出る問題は、その前の手順で生まれていることがあります。「どのAIツールを入れればいいか」から検討を始めると、ツールの比較に時間を使ったまま、誰がどの業務で使うのかが決まらないうちに導入だけが進みます。順番が逆です。業務の流れを把握していなければ、どこに時間がかかり、どこでミスが起きているのかも分かりません。効果を測る基準がないので、業務を見ずに始めたAI推進は「入れたが使われない」で終わりやすくなります。
現場の抵抗も、同じ文脈で読めます。「仕事を奪われる」という不安はよく語られますが、より実務的なのは「自分の業務に合わないものを押し付けられた」という感覚でしょう。業務を見ずに選ばれたツールは、現場から見れば、自分の仕事を知らない人が決めた道具です。使われないのは、ある意味で自然な反応です。
加えて、使い続けるためのルールと、うまくいった使い方を共有する仕組みがなければ、使い方は最初に試した一部の人の手元にとどまります。
AI推進の進め方
止まる場所が見えると、進める順序も決まります。AI推進は、次の5つのステップで進めます。どのステップでも、誰が手を動かすのかを先に決めておくことが、止めないための条件です。
| ステップ | やること | 主に動く人 | 次に進む条件 |
|---|---|---|---|
| 1. 対象業務を決める | 業務を棚卸しし、課題を仕分けて、対象を1つに絞る | 推進担当と、対象部門の現場リーダー | 対象業務と、成果の測り方が決まった |
| 2. ルールを決める | 入力してよい情報の基準と、使ってよいツールを決める | 推進担当、法務、情報システム | 現場が迷わずに使える範囲が文書になった |
| 3. 小さく試す | 期間と範囲を限って実装し、うまくいかない例を集める | 推進役 | 試す前に決めた基準を満たした |
| 4. 運用に組み込む | 手順書、問い合わせ先、人が確かめる工程を業務に入れる | 現場の担当者 | 推進役がいなくても業務が回る |
| 5. 測って広げる | 効果を数字で報告し、使い方を共有して他の部署へ広げる | 推進担当 | 次の対象と予算が決まった |
開発組織に絞った進め方は、以前の記事『AI駆動開発とは?メリット・課題と実践方法、導入ロードマップまで解説』で、同じく5つのステップとして整理しました。ここでは部署を問わず、業務にAIを入れる場合の進め方を扱います。
ステップ1:業務の棚卸しから対象業務を決める
目的が決まらないなら、目的から決めなくてかまいません。先に業務を棚卸しします。目的は、棚卸しの結果として見えてきます。
目的が曖昧なまま導入すると形だけで終わる、という指摘はそのとおりです。ただ「AIで何とかしてほしい」しか材料がない担当者にとって、目的を明確にすることは最初の一歩ではなく、最初の難所です。そこで順序を入れ替えます。
- 業務の棚卸し:対象部門の業務を洗い出し、頻度、所要時間、担当者の数、起きているミスを並べる。すでに個人がAIを使っている業務も書き出す。この段階では議論をせず、事実だけを集める
- 課題の特定:時間がかかっている業務、特定の人に頼っている業務、ミスが起きている業務を抜き出し、AIで解けるもの、既存の仕組みで足りるもの、人がやるべきものに分ける
- 目的の設定:分けた結果から、何のためにAIを使うのかを具体的に書く。ここで初めて数値の目標を置く
- 対象業務の選定:効果の大きさと着手のしやすさで、1つに絞る
メルカリでは、100名規模の「AI Task Force」が業務プロセスを分解し、AI化の可能性を見える形にしたうえで、重点的に取り組む領域を特定しました*8。規模は違っても、業務を分解してから対象を選ぶ順序は同じです。
業務の把握と、効果の実感には関係が見られます。IPAの調査で、AIの影響を踏まえた人材の育成・確保に向けて「効率化・自動化が見込まれる既存業務の把握」に着手している企業は、AIの効果が期待以上か期待どおりだった企業では37.6%、効果が一定にとどまるか、まだ得られていない企業では23.8%でした*9。把握したから効果が出たとまでは言えませんが、効果を実感している企業ほど、業務の把握に手をつけています。
すでに個人がAIを使っている業務は、有力な候補です。使い方の工夫が現場にあり、それを業務の手順として組み込めば、個人の活用を組織の成果につなげる入口になります。
この工程は、推進担当と対象部門の現場リーダーが組んで進めます。全社で一斉にではなく、1つの部門の1つの業務から始めるのが前提です。
小さなテーマでは投資対効果を示せないのではないか、という懸念は自然です。しかし、大きく始めるほうが危うくなります。最初の大きなテーマで効果が出なければ「自社ではAIは使えない」と判断され、本来解けたはずのテーマまで見送られてしまうからです。小さく確実な実績をつくり、他の部署に広げたときの効果を根拠のある数字で示すほうが、次の投資を引き出せます。
棚卸しは専門知識より手間の問題です。社内にAIの専門家がいなくても、外部の手を借りて進められる工程でもあります。
ステップ2:利用ルールと推奨ツールを決める
法務と情報システムの部門を巻き込むのは、この段階です。
ここで決めるのは、禁止事項の一覧ではありません。ここまでなら使ってよい、という範囲です。「あれもだめ、これもだめ」では現場が萎縮し、試すこと自体が起きません。「個人名や取引先名は伏せる」「公開されている情報だけを入力する」のように、入力してよい情報の基準を具体的に示すと、現場は迷わずに使えるようになります。
ルールづくりは、多くの会社でまだ途中です。IPAの調査では、AIを導入・試験利用・検討している企業のうち、全社的な社内ガイドラインやルールを定めているのは32.5%で、AIポリシーもガイドラインも「どちらも定めていない」企業が16.7%ありました*10。
あわせて、使ってよいツールを会社として示します。会社の許可を得ずに従業員が業務でAIツールを使う、いわゆるシャドーAIは、機密情報の漏えいや法令違反につながるおそれがあります。禁じるだけでは、使いたい人は見えないところで使い続けます。使ってよいツールを会社が用意することが、対策の出発点です。
ルールの枠組みには、総務省と経済産業省の「AI事業者ガイドライン」が参考になります。2026年3月に公表された第1.2版は、事業者をAIの開発者・提供者・利用者に分け、利用者に向けては、安全を考慮した適正な利用や、個人情報の不適切な入力への対策といった項目を挙げています。法的な拘束力のない指針(ソフトロー)と位置づけられています*11。
ステップ3:小さく実装して試す
手を動かせる人がいるかどうかが、ここで表に出ます。企画と棚卸しまでは推進担当が進められても、業務の流れにAIを組み込み、動く状態にするには推進役の手が必要です。社内にいなければ、このステップで止まります。
対象業務にAIを組み込み、期間と範囲を限って試します。大事なのは、うまくいった例より、うまくいかなかった例を集めることです。AIが正しく答えられない入力や、現場が使いにくいと感じた点を洗い出し、本番に入れる前に手を打ちます。成功と判断する基準は、試す前に決めておきます。後から決めると、都合のよい結果だけを成功と呼んでしまうからです。
ステップ4:運用に組み込む
主役が推進役から、現場の担当者へ移る段階です。
使えることと、使われ続けることは別の問題です。操作の手順書、困ったときの問い合わせ先、AIの出力を人が確かめる工程を、業務の手順そのものに組み込みます。AIが事実と異なる内容をもっともらしく出力するハルシネーションへの対策も、注意を呼びかけるだけで終わらせず、人が確かめる工程として手順に入れておきます。
ステップ5:効果を測って広げる
現場に移った主役が、もう一度推進担当に戻る工程です。
削減できた工数、処理件数、エラー率を測り、経営に報告します。ここで数字が出ていれば、次の予算と対象の拡大が通ります。
ところが、半数の会社はまだ測っていません。JUAS(日本情報システム・ユーザー協会)の調査では、文章を扱う生成AI(言語系生成AI)を導入済み、または試験導入中・導入準備中の企業のうち、51.9%が「効果測定は行っていない」と答えました*12。
何で測るかは、先まで見越して決めておきます。IPAの「DX動向2026」で、AIの効果が一定以上あったと答えた企業に効果の内容を尋ねると、業務の効率化や迅速化を挙げた企業が91.6%だったのに対し、売上や利益の向上を挙げた企業は3.9%でした*13。最初は工数や件数で測り、広げる段階で、どの事業の数字につなげるかを決めておくと、次の投資の議論が進めやすくなります。
同時に、現場で生まれた使い方を共有する仕組みを置きます。社内チャットに活用例を共有するチャンネルを作る、プロンプトの共有会を開く、といった軽い仕掛けで足ります。「メールの文面づくりが5分短くなった」くらいの身近な例は、大がかりな業務改革の例より自分の業務に置き換えやすく、真似されやすいはずです。広げる先が決まったら、その業務でもう一度ステップ1から始めます。
AI推進の体制
5つのステップには、それぞれ手を動かす人がいます。推進担当が一人でその全部を背負えば、どこかで止まります。日々の推進を誰が担うかで、体制は大きく3つの型に分かれます。
| 型 | 日々の推進を担う人 | 向く状況 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| 専任の部署を置く | AI推進室などの専任のメンバー | 複数の部門に同時に広げる段階。全社のルールや基盤をまとめて整えたい | 専任の部署が抱え込むと、現場が受け身になる。どの役員の下に置くかで、動ける範囲と予算が変わる |
| 部門横断の兼務チームを組む | 各部門から集めた兼務のメンバー | 部門ごとの業務を知る人を巻き込みながら始めたい | 本業が優先されて後回しになりやすい。目標管理に組み込む必要がある |
| 少人数で担う | 任命された推進担当や経営者本人と、必要に応じて外から迎える推進役 | 小さな組織や立ち上げの時期。まず1つの業務で試したい | 担当者の時間に左右され、一人で抱え込みやすい。決める人と手を動かす人を分けて確保する |
専任の部署は、置き場所で動ける範囲が変わる
八十二銀行は2024年の統合報告書で、システム部の中に置いたAI推進室のミッションの一つを、AI技術を活用した業務改革と説明していました*14。一方で、グループや全社を横断する組織として置く会社もあります。TOPPANグループは2025年4月に「全社AI推進室」を設け*15、マツダは2025年9月に、全社横断のAI活用専任組織として「MAXプロジェクト室」を立ち上げました*16。みずほフィナンシャルグループは、2024年4月に発足させた「AIX推進室」を2025年4月に「デジタル・AI推進室」へ改め、約70名の体制に広げました*17。
役員を室長に充てる例もあります。江崎グリコは2024年10月にAI推進室を新設し、常務執行役員を室長に充てました*18。
位置づけが途中で変わることもあります。情報戦略テクノロジーは、2025年8月に置いた「AI CoE」の成果を土台に、2026年9月、社長直轄の「AICT部」を新設しました。発表では、独立した予算枠と、より強力な実行権限を与えたとしています*19。社長直轄の正式な組織に改めて、動ける範囲を広げた例です。
経営層に「決める人」を置く
企画の段階で要件が固まらないとき、足りないのは、どの業務に取り組むかを決め、社内の優先順位を上げられる人です。いまは、IT部門に任されていることが多い役割です。IPAの調査で、AIの導入・利活用を主導しているのは「IT部門の長」が46.0%で最も多く、「経営層」が32.1%でした。AIを専門に主導する「CAIO以外の専任者」は9.8%、「CAIO(最高AI責任者)」は2.9%にとどまり、「特に担っている者はない」も9.7%ありました*20。
専任の部署とは別に、経営層にAIの責任者として、最高AI責任者(CAIO)を置く会社もあります。ラクスは2025年7月にCAIOを新設し、取締役が兼務しています。理由として「明確な責任者の設置と事業・開発が一体となった推進体制が不可欠」と説明しています*21。パナソニック ホールディングスは2026年4月にグループCAIOを新設しました*22。イトーキは2026年7月にCAIOを新設し、DX本部を中核に、全社AI戦略の推進と社内への実装を率いる役割と位置づけています*23。メルカリでは、100名規模の「AI Task Force」を率いてきたCTOが、2026年6月にCHRO兼CAIOに就任しました*8。
専任の部署を置くかどうかにかかわらず、この「決める人」が経営層にいると、ステップ1が動き出します。
推進役の確保
体制を決めても、業務を組み替えて実装まで手を動かせる人がいなければ、ステップ3で止まります。
AI人材は、採用や研修、派遣で「用意する」対象として語られがちです。しかし、止まっている工程を動かすのは、業務の中に入り、実装と定着まで担う人です。国の人工知能基本計画も、AXを進めるうえで中核となる人材を「AI実装人材」と呼び、「汎用的なAIソリューションでなく、現場に適合したAIソリューションを提供する者」と説明しています*5。
推進役を確保する方法は、採用する、社内で育てる、外から迎えるの3つです。採用・育成・外部委託それぞれの限界と、社内に入り込む外部の人材という選択肢は、以前の記事『AI人材とは?種類・スキル・育成のポイントと、現場で実装・定着まで担う新しい選択肢』で整理しました。推進役に絞って言えば、差が出るのは立ち上がりの速さと、進め方が社内に残るかどうかです。
採用は、社内に残る一方で、立ち上がりまでに時間がかかります。自社の業務にAIを実装する職は、大手の事業会社も募集しています。以前の記事『FDEニーズはなぜ急増している?国内73社の求人を徹底分析』で各社の採用ページを確かめた範囲では、みずほフィナンシャルグループや第一生命など大手事業会社10社が、こうした職を別の名前で募集していました*24。社内で育てる方法は、ノウハウが最も残りますが、最も時間がかかります。外から迎える方法は立ち上がりが速く、社内に何が残るかは設計次第です。
現実的なのは、外から迎えて動かしながら、進め方と判断を社内の人に移していく組み合わせです。育成だけでは今期の課題が動かず、採用だけでは間に合わず、外部に任せきりではノウハウが残らないからです。
外部に頼むなら、何を頼むかで相手を選ぶ
コンサルティング会社が主に引き受けるのは構想まで、ツールベンダーは自社の製品の導入まで、というように、依頼先によって引き受ける範囲が違います。
| 頼むこと | 主な依頼先 | 向く場面 | 範囲の外に残りやすいこと |
|---|---|---|---|
| 構想や戦略を描く | コンサルティング会社 | 何に投資するかを決めたい | 現場での実装と定着 |
| 決めた要件でシステムをつくる | 受託開発会社 | つくるものと要件が決まっている | 要件を決めること、納品後の定着 |
| 製品を業務に合わせて入れる | ツールベンダー(製品の提供会社) | 導入する製品が決まっている | どの製品を選ぶかの判断、製品をまたぐ業務の組み替え、他の部門への展開 |
| 決まった作業を担う人手を借りる | 人材派遣 | 作業の中身を自社で指示できる | 何をつくるかの判断と、作業の指示 |
| 業務の組み替えを、実装と定着まで進める | 社内に入って手を動かす外部の実務者 | 何から手をつけるかが決まっていない。社内に推進役がいない | 残すものを約束しておかないと、判断が社内に残らない |
外部を使うこと自体が問題なのではありません。問題になるのは、頼む範囲と、終わったときに何を残すかが決まっていないことです。自社に足りないのは構想なのか、製品なのか、開発や作業の人手なのか、それとも業務を組み替えて定着させる実行なのか。先にそこを切り分けてから、相手を選んでください。
推進役に向くのは、業務を読み解ける人
推進役に必要なのは、AIに詳しいことだけではありません。『AI人材とは?種類・スキル・育成のポイントと、現場で実装・定着まで担う新しい選択肢』で整理した5つの力について、欠けると何が起きるかを並べると次のようになります。
- 業務プロセス設計:欠けると、どこにAIを入れるべきかを判断できず、使われないツールが増える
- AIツールの実務力:欠けると、実装を外部に任せきりになり、中身を誰も説明できなくなる
- プロジェクト推進:欠けると、部門をまたぐ調整が進まず、試した先の本番に進めない
- 教育・浸透:欠けると、使い方が一部の人にとどまり、現場の抵抗を越えられない
- 法規制・倫理のリテラシー:欠けると、入力してよい情報の判断がつかず、ルールづくりが止まる
最も重要なのは、業務プロセス設計、つまり業務を読み解く力です。AIは課題を解くための手段にすぎず、どこに課題があるかをつかめていなければ、ツールの選定も活用も的を外します。この5つを社内の誰が満たしているか。満たしていないなら、誰に担わせるか。推進役を決めるときの基準は、そこにあります。
ノウハウを社内に残す条件
外部の手を借りてステップを回したとき、伴走が終わった翌月に、次の業務へ自分たちで進めるかどうか。それを分けるのは、契約の形より、終わるときに何を残すと約束したかです。
外部の担い手を迎える前に決めておくこと(現場とデータへのアクセス範囲、意思決定を委ねる範囲、成果の測り方、引き継ぎのゴール)は、以前の記事『【完全版】AI人材 採用・育成・活用チェックリスト50|設計から成果創出までの全ステップを解説』で整理しました。終わるときに社内に残っているべきものは、5つのステップの成果物として確かめられます。
- ステップ1の成果物:業務の棚卸しの結果と、その業務を選んだ理由。選ばなかった業務と、その理由も
- ステップ2の成果物:利用ルールと、判断に迷ったときの相談先
- ステップ3の成果物:実装したものの設計の考え方と、社内で設定を変えられる状態の文書
- ステップ4の成果物:日々の運用を回せる社内の担当者。少なくとも1名、引き継ぎの期間を含めて
- ステップ5の成果物:効果を測る指標と、測り続ける仕組み
手元に残ったのが資料だけ、あるいは動いてはいるが中身を誰も説明できない、という状態なら、それは任せきりになっています。社内に残すことを目的にした支援かどうかは、この5点を契約の時点で確かめれば見分けられます。
まとめ
「AIで何とかしてほしい」と言われて手が止まっている担当者も、社内に相談相手のいない推進担当も、最初にやることは同じです。
- AI推進は、個人や一部の部署の利用にとどまっていたAI活用を、組織として成果が出る状態に変える取り組み。目的が決まらないなら、業務の棚卸しから始める
- 5つのステップ(対象業務を決める、ルールを決める、小さく試す、運用に組み込む、測って広げる)には、それぞれ手を動かす人を先に決める
- 推進役は、採用・育成・外から迎える方法を組み合わせて確保する。外部に頼むなら、終わるときに何を残すかを先に約束する
まずは対象部門を1つ決め、業務の棚卸しから始めてください。棚卸しの結果が、目的と、必要な人を教えてくれます。AI推進を、外に委ねて待つのではなく、中に入って一緒に動かす。その最初の一歩は、自社の業務を知ることです。
よくある質問
Q. AI推進とAI推進法は同じものですか?
別のものです。AI推進法(正式名称は「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律」、政府の略称は「AI法」)は、AIの研究開発と活用を進める国の枠組みを定めた法律で、罰則の規定はありません。本記事で扱うAI推進は、企業が自社の業務でAI活用を進める取り組みです。
Q. AI推進の専任組織は必要ですか?
必須ではありません。複数の部門に同時に広げる段階なら専任の部署、部門の業務を知る人を巻き込みながら始めるなら兼務の横断チーム、小さな組織や立ち上げの時期なら、推進担当や経営者本人が少人数で担う形が現実的です。大事なのは組織の形より、決める人と手を動かす人が決まっていることです。
Q. 推進担当者は何人必要ですか?
人数より、役割の分担です。どの業務に取り組むかを決める経営層、全体を管理する推進担当、業務の要件を出す現場の担当、実装と定着まで手を動かす推進役がそろっている状態をつくります。1人が複数の役割を兼ねてもかまいませんが、推進担当が一人で企画から実装まで抱えると止まりやすくなります。
Q. AI推進に使える補助金・助成金はありますか?
中小企業・小規模事業者がツールを導入する場合は、「デジタル化・AI導入補助金」(旧IT導入補助金)が使えることがあります。対象になるのは、事務局に登録されたITツール(AIを含むソフトウェアなど)を、登録された支援事業者を通じて導入する場合です*25。社員の研修には厚生労働省の人材開発支援助成金(事業展開等リスキリング支援コース)がありますが、2026年8月3日以降に提出する訓練計画からは、特定の業務への適用を伴わない汎用的なプロンプトの研修が対象外になりました(経過措置があります)*26。いずれも要件と審査があるので、補助金は公募要領、助成金は支給要領で最新の条件を確かめてください。
Q. AI推進の効果はどう測ればよいですか?
測り方は着手前に決めておきます。削減できた工数、処理件数、エラー率といった業務ごとの指標に加え、対象部門の利用率と、社員へのアンケートを定期的に取ると、組織への浸透の度合いまでつかめます。
Q. 何から着手するのが最短ですか?
対象部門を1つ選び、業務の棚卸しから始めることです。ツールの選定から始めると、誰がどの業務で使うかが決まらないまま導入が進み、使われずに終わりやすくなります。
出典
- *1総務省「令和8年版 情報通信白書」第Ⅰ部第2章 図表Ⅰ-2-1-3・図表Ⅰ-2-1-6(2026年7月)。企業向けアンケート(2026年1〜2月)。従業員10名以上、かつ2025年までにデジタル化の取組を開始した企業の管理職以上が回答(日本の有効回答515社)。生成AIの利用率は「わからない」、組織的な取組状況は「利用を禁止している」と回答した対象を除く
- *2IPA(情報処理推進機構)「DX動向2026」図表3-6「生成AIの組織での利用状況」(2026年7月30日)。生成AIを導入・試験利用・検討している国内企業、2025年度調査 n=1,159、複数回答
- *3内閣府「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律(AI法)」。成立は2025年5月28日、一部施行は6月4日、全面施行は9月1日
- *4e-Gov法令検索「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律」(令和7年法律第53号)第7条(活用事業者の責務)
- *5内閣府「人工知能基本計画」(2026年7月14日閣議決定。AI法第18条第1項にもとづく第Ⅱ期計画)。「AI実装人材」の説明は、計画が整理した5つの人材像の一つ
- *6IPA(情報処理推進機構)「DX動向2026」図表3-16「AI導入・運用上の課題」(2026年7月30日)。2025年度調査 n=1,770、複数回答
- *7IPA(情報処理推進機構)「DX動向2026」図表4-12「AI関連人材の充足状況(経年比較)」(2026年7月30日)。2025年度調査の国内企業、n=1,781〜1,783
- *8メルカリ「メルカリ、CTOの木村俊也がCHRO兼CAIOに就任」(2026年6月1日)
- *9IPA(情報処理推進機構)「DX動向2026」図表4-14「AIの影響による人材育成・確保内容(AI導入効果別)」(2026年7月30日)。「期待以上の効果があった」「期待どおりの効果であった」を効果が高い企業(n=330)、「一定の効果はあった」「期待した効果はまだ得られていない」を効果が低い企業(n=651)として集計
- *10IPA(情報処理推進機構)「DX動向2026」図表3-17「AIポリシー・ガイドライン整備状況」(2026年7月30日)。AIを導入・試験利用・検討している国内企業、2025年度調査 n=1,189、複数回答
- *11総務省・経済産業省「AI事業者ガイドライン(第1.2版)」(2026年3月31日)
- *12日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)「企業IT動向調査報告書2026」図表8-3-13「『言語系生成AI』導入時の効果測定」(2026年3月)。調査は2025年9〜10月、東証上場企業とそれに準じる企業のIT部門長が回答(回答957社)。言語系生成AIを導入済み、または試験導入中・導入準備中の企業 n=507
- *13IPA(情報処理推進機構)「DX動向2026」図表3-14(2026年7月30日)。AIを導入済みまたは試験利用中で、導入の効果が一定以上あったと答えた国内企業853社の回答(複数回答)
- *14八十二銀行「統合報告書2024」
- *15TOPPAN株式会社「TOPPAN、マーケティング業務のAI Powered化を支援」(2025年5月8日)
- *16マツダ「組織改革と人事異動」(2025年9月1日付)
- *17みずほフィナンシャルグループ「AI戦略を先導する藤井デジタル戦略部長にインタビュー(MIZUHO DX)」(2025年10月)
- *18江崎グリコ「組織変更及び人事異動のお知らせ」(2024年10月21日付の組織変更)
- *19情報戦略テクノロジー「社長直轄組織『AICT部』を新設。AIドリブンな組織・ビジネスモデル転換を加速」(2026年9月1日)
- *20IPA(情報処理推進機構)「DX動向2026」図表3-23「AI導入・利活用のリーダーシップ体制」(2026年7月30日)。AIを導入・試験利用・検討している国内企業、2025年度調査 n=1,189、複数回答
- *21ラクス「ラクス、AI戦略を加速させる新ポジション『CAIO(最高AI責任者)』を新設」(2025年7月11日)
- *22パナソニック ホールディングス「役員・事業会社社長等の人事について」(2026年2月4日。グループCAIOの新設は4月1日付)
- *23イトーキ「イトーキ、AIを経営の中核に据え最高AI責任者『CAIO』を新設」(2026年7月1日)
- *24『FDEニーズはなぜ急増している?国内73社の求人を徹底分析』(2026年9月21日)。各社の採用ページで2026年9月21日に確認した範囲。みずほフィナンシャルグループ「AIエンジニア」、第一生命「AIソリューションマネージャー」ほか
- *25「デジタル化・AI導入補助金2026 公募要領(通常枠)」。ITツールを、事務局に登録された中小企業・小規模事業者等の労働生産性の向上に資する「ソフトウェア(AIを含む。以下同じ。)・オプション・役務・ハードウェアの総称」と定める
- *26厚生労働省「人材開発支援助成金(事業展開等リスキリング支援コース)改正:令和8年8月3日からの変更点について」(2026年8月)

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